第6章 最後に


 ここまで韓国について厳しい意見を述べたが、これらはあくまでも韓国という政府、国家、国民性について述べたものであり、韓国国民個人全てに当てはまるというわけではない。個人的な交流は両国民とも活発であり、良い隣人として付き合っているものも多く、常に反日で敵対しているというわけではない。
 また、資料としては韓国の新聞などリアルタイム情報を見続けたため、引用よりも「体感した」韓国人の生態をわかりやすく解説したつもりだ。その他の参考資料で圧倒的に「嫌韓」の部類に入るものが多いのは、いわゆる普通の解説本では納得のいく解決がされなかったためで、「嫌韓」の類で見事に解説されているものが多かったからだ。特に韓国を紹介する韓国人著書の本は主観が強く入るためか、韓国を美化するものが多く、実際に衝突する理由の説明にはならず、参考になる部分が少なかった。

 本文でも述べたが、韓国人の反日は国家政策である。朝鮮民族とは本来、中華民族同様、非常に個人主義が強く、他人を信用しない。それは政府が信用ならない歴史が続いたことにも原因があり、他人を信用していては生きていけなかったからによる。生きるために強い個人主義に陥り、そのために日本人と比べ自己主張や我が強くなった。相手を威圧してでも自分が主導権を取らなければ、全てを奪い去られるからである。
 そのような民族を束ねるために韓国政府が取った政策が「反日」であったのだ。
 もちろん、これは間違った政策であると言える。別の方法で民族団結をすれば良かったのだが、韓国を建国した「大韓民国臨時政府」の構成員は、全員が強い反日であった。初代韓国大統領李承晩は両班の家系で、日本統治で特権を奪われた人間である。そのため、それを引き継ぐ形で反日が骨格となってしまったわけだ。大韓民国憲法では韓国がその「臨時政府」の正統な後継と言うことを前文で掲げており、反日を無くしては国家の存続が図れない。だからこそ、国を挙げて反日を行うのだ。反日が憲法で定まった、異常な国なのである。

 その反日政策の犠牲になったのが日本であり韓国国民である。日本を絶対悪とするために、韓国政府は捏造や改竄をして日本を責め立て、国民を洗脳した。韓国国民にとって、政府の教育が全て正しいと教え込まれているから、それを真に受けて反日を行う。だが、海外に出たときにそれが間違いであったと気付くことも多く、強烈なショックに打ちのめされるのだ。
 韓国においての愛国心とは、反日と同義語である。その証拠に、親日派という言葉は売国奴という意味で使われ、国民の最大の侮辱となる。反日をどれだけ激しく行うかが愛国心を測る尺度とされ、だからこそ必死に反日をする。潜在的に親日の人間であっても、それを表に出すことは社会的に抹殺されるために何も言えない。積極的な活動ではなかったとしても、反日をせざるを得ないのだ。
 熱しやすく冷めやすい民族でもあり、非常に体面を重視するうえ、右ならえの傾向がある韓国人は、個人主義でありながらも個人の意見を言えない歪んだ状態でもある。そんな彼らが団結して爆発できるのは、政府公認の反日だけだ。政府もそれを熟知しているから、国民に不満がたまると反日によってガス抜きをする。こうした韓国政府の政策が韓国国民を煽動し、結果今のような反日と対立を生んでいるのである。反日に燃える韓国国民もまた、韓国政府の犠牲者なのだ。

 日本国内において、我々ではなかなか言えないようなことでもはっきりと言う在日の半島出身者は好かれることも多い。また情に厚いことから、一度仲良くなると深い付き合いにもなる。彼らの人との間にある垣根は低く、非常に親密になるのである。また、高齢の方に対する礼儀は強く、子供達に礼儀を教えることは当然のこととして行われ、他人の子でも悪いことをすれば叱るなど、儒教の良い面も強く受け継いでいる。

 考えてみれば、朝鮮半島は過去、中国の属国とはなっても、一度も占領統治されたことはない。唯一、日本統治時代だけが外国により直接統治されたのだ。元々非常に強い自尊心を持つ韓国人である。統治方法が悪ければもちろん、例えその統治が良かったとしても、他民族に支配されたという思いは彼らの自尊心を相当に傷つけたことは想像に難くない。それ故に、日本が憎悪の対象になるのである。もちろん、その度合いが桁違いではあるが。また、太平洋戦争末期は日本本土ですら生活が厳しかった。他国による統治を受け、厳しい時期があったことで、その統治者に不満を持ったことがあっても、それは何ら不思議なことではない。

 韓国では高齢者ほど親日、若いほど反日という構図がある。日本統治時代を知るものは親日の傾向が強い。逆に言えば、戦後の独立以降にどれほど酷い反日教育がされてきたかとも言える。
 反日を激しくやればやるほど愛国者との意識から、韓国のマスコミがそれを煽る傾向にあるため、韓国では物凄い反日が行われているとの印象が強い。だが実際には国民は意外と冷めていることも多く、現場に行かないと真実の雰囲気は掴めない。しかも、国民に対するアンケートでは、来世では外国に生まれたいとする国民が7割いる中、次に生まれるなら日本でと言う人も多いことを考えると、心の底まで反日なのかと言うことには疑問すら残る(naverニュース 2006.8.30)。そうなると、反日は一種のスタイルであり、流行ファッションのようなものととらえた方がよいのかも知れない。

 救いとして、インターネットの普及により、韓国国民も若い世代を中心に韓国政府のついてきた嘘と反日の無意味さにも気付き始めている。中には完全に真実を知り、正しいあり方を模索するものもいる。韓国内にこうした動きがあるのは大変有意義である。
 同時に、日本国民にも、過去の日教組教育による一方的な自虐史観ではなく、きちんとした資料に基づき判断しようという動き、愛国心を持つと言うことは正しいことだという認識が広がりつつある。
 双方が本来あるべき国家の姿を目指して進んでいく傾向が出てきたのは歓迎すべき事だ。将来への展望が開けたと言え、この流れを絶ってはいけない。無意味な対立をするのではなく、正しい認識に基づいて判断・行動し、あるべき関係を構築する。お互いそんな関係になることが成熟した関係と言えるだろう。
 本論がそのような関係に一石を投じられることを願う。





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